江原さんの本について再び



 うちのセレフィカさんが言うには、「江原啓之氏の本を読んで、スピリチュアリズムに導かれる人間もいれば、あの“クリスタル”や“前世早分かりチャート”“お祓いシール”等を見てスピリチュアリズムを誤解し、その結果スピリチュアリズムを『くだらないものだ』と判断する人間もいる。メリットとデメリット双方を考慮した見方が求められるのでは?」・・・とのことです。


 それに対して私の意見は下記の通りです。


 “お祓いシール”や“お守りクリスタル”の類が必要ない人(そもそも“くだらない”と感じる人)には、江原さんのそうしたジャンルの本は、まず目に入らないんじゃないでしょうか?
 本屋では、大量の本が並んでいるわけですから、自分に必要な本は、その装丁デザイン等の情報を手がかりに、“興味が持てる持てない”を瞬間的に判断していると思います。たぶん多くの男性は、ピンク色の装丁に気恥ずかしくなり、まず手にとってみることもないでしょうし、女性でも、そこに興味がなければ、視線が棚を通り過ぎるだけです。


 スピリチュアリズムをすでに知り、江原さんの名前も知る人は、たとえその装丁や雰囲気に違和感を覚えたとしても、あえてそれを手に取り、読んでみて、いろいろ批判したくなるかもしれませんが、何も知らない一般の読者なら、普通は上記のような本人の嗜好にのみ忠実に自然な選択をするだけです。 そして、“お祓いシール”がついた本を買う人というのは、やはりその時にそれが必要な人なわけです。
 言い方に語弊があるかもしれませんが、子供に玩具が必要なように、霊的にまだ本当に目覚めていない人には、そうした玩具が必要なのではないでしょうか。
 また、あまりにも辛い試練の中に立たされている時、たいていの人は、あまり難しそうに見える本には手が伸びないものです。 ただでさえ頭が痛いことが多く、疲れ果てている時には、できるだけ易しく読めそうな本を選ぶものです。 何でもいい、自分を元気にしてくれるものが欲しい、なぐさめてくれるものが欲しい、と思うのは、自然な心の動きだと思うのです。


 そのニーズに、江原さんの本は見事に応えたので、あれだけのベストセラーになったのだと思いますし、そこで自分の心をホッと一息つけて余裕の出た人が、更に上の段階へと進むことは、これまた普通にありえると思います。 もちろん、そのまま“お祓いシール”の段階で留まる人もいるでしょうが、それはそれでその人の自由ですからね〜
 江原さんの本には、彼の指導霊もよく登場しますが、これもスピリチュアリストの間ではよく非難される点でしょう。 でも、指導霊というのは、江原さんだけではなく、誰にでも付いているもののようですし、別に江原さんの指導霊だけが特別なわけでもなんでもないでしょう。 その特別でもなんでもない指導霊の言葉の一例として、江原さんは紹介しているのではないでしょうか。 彼は何も自分の指導霊を祭り上げようとはしていないと、私は思います。


 また、江原さんには、かなり真剣に、しかも丁寧に霊的真理を論じた本も多数あります。 これらは、「シルバーバーチの霊訓」のように普遍的なメッセージを、現代の日本に住む自分自身の現実としてなかなか結びつける能力がないような人にでも、容易に「我事」として共感できるように説かれています。


 「シルバーバーチの霊訓」が素晴らしいのは当然のことですが、あれを自分自身にしっかり繋げながら読むためには、それなりの知性と想像力、そして精神的な余裕というか余力…が必要なわけで、それは誰にでもできるものではありません。 特に苦しみの最中にいる人には、相当難しいことなんです。 その意味で、江原さんの成している功績は、本当に大きいと思います。


 こんなことを、日々、私たちは話し合っているのですが、けっこう夫婦で平行線なんですよね・・・ この辺は、男女の差なんでしょうか?(笑)


(文責:ゆう)


シルバーバーチの霊訓〈5〉

シルバーバーチの霊訓〈5〉

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  画像がこの5巻の分しか登録されていないので、便宜上5巻の画像をリンクしています。『シルバーバーチの霊訓』は全部で12巻あります。


スピリチュアルな人生に目覚めるために―心に「人生の地図」を持つ (新潮文庫)

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